王翦の素顔がついに判明?仮面の下に隠された正体など史実からも考察

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王翦の素顔がついに判明?仮面の下に隠された正体など史実からも考察

『キングダム』を読んでいると、どうしても気になってしまうキャラクターがいます。そう、秦国最強クラスの知略派将軍・王翦です。息子の王賁との会話中でさえ仮面を外さないその姿は、ファンの間でずっと謎のまま。「一体どんな顔をしているんだろう?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。今回は、王翦の素顔をめぐるさまざまな考察を、史実の記録とも照らし合わせながらじっくりひも解いていきます。

目次

王翦はどんな将軍?基本プロフィールをおさらい

まずは王翦というキャラクターについて、簡単に振り返っておきましょう。

王翦は秦国の六大将軍の一人で、「絶対に負けない戦しかしない」という信念を持つ徹底した合理主義の将軍です。感情をほとんど表に出さず、冷静沈着な判断力で数々の戦を勝ち抜いてきました。物語の中でとくに注目を集めたのが「鄴攻め」での活躍で、昌平君の作戦をあえて退けて独自の兵糧攻めを展開。斉国からの食料援助をあらかじめ手配していた先読みの鋭さには、読者から「恐るべき知将」という声が続出しました。

その戦いぶりは現代のビジネス戦略にも通じるとさえ言われており、単なる漫画のキャラクターを超えた存在感を放っています。そんな王翦が常に仮面で顔を隠しているという設定が、作品に大きなミステリーをもたらしているのです。

王翦の素顔はイケメン?ファンの間で囁かれる予想

王翦の素顔について、ファンの間でもっとも支持されているのが「イケメン説」です。

その理由としてよく挙げられるのが、息子・王賁の存在。王賁は作中でも際立った美形キャラクターとして描かれており、「親子なんだから父親もきっとイケメンのはず」という考え方が広まっています。さらに、王家は秦国でも屈指の名門。あの王騎将軍も威厳ある美丈夫として描かれていることから、血筋的にも端正な顔立ちを期待するファンが多いのも自然なことかもしれません。

「王賁そっくり説」が描く感動シーン

王翦の素顔をめぐるもう一つの有力な予想が「王賁にそっくりな顔説」です。

この説を信じるファンが期待しているのは、仮面が外れる瞬間に王賁とそっくりな顔が現れる、という展開。父子の関係に複雑な影が差している作中だからこそ、素顔公開をきっかけに二人の絆が深まるシーンへの期待感が高まっています。「血は争えない」という場面が、最大の見せ場になるのではないかという声も少なくありません。

なぜ仮面をつけているのか?主な理由を考察

王翦の素顔が隠され続ける理由として、もっとも説得力があると言われているのが「王賁との血縁関係を守るため」という説です。

作中の描写によれば、王翦の妻・朱景には、王翦と結婚する前に別の男性への想いがあったという噂が残っています。その噂が原因で、「王賁は王翦の実の子ではないのでは?」という憶測が周囲に広がっていたようです。写真も映像も存在しない時代、顔を見せなければ親子の類似点を比べることもできません。仮面をつけ続けることで顔の比較を避け、王家の名誉と王賁の立場を静かに守っているとしたら。その解釈は、王翦の不器用な父親像と重なって、妙にリアルに感じられます。

政治的な駆け引きのための「仮面戦略」

もう一つ見逃せないのが、政治的な自己防衛という観点です。

王翦はかつて「王になりたい」という野心を持つ危険人物として、昭王の時代から警戒されていた過去があります。六大将軍クラスの実力があっても、長らく冷遇されていた背景にはそういった政治的な事情があったのです。表情から本心を読み取られることなく、秦王・政からの信頼を少しずつ勝ち取っていく。仮面はそのための、非常に合理的な道具と言えるでしょう。

戦場での心理的優位を保つため

王翦の強さの根幹にあるのは、知略と心理戦です。

相手に感情を読まれないことは、戦場における情報戦で絶大なアドバンテージになります。あの李牧との知略の応酬でも、王翦の真意は最後まで読み切れませんでした。仮面という物理的な「壁」が、それを可能にしているとも言えます。敵はもちろん、味方でさえ王翦の次の一手を予測できない。「負けない将軍」と呼ばれる理由の一端が、この徹底した感情の封印にあるのかもしれません。

史実の王翦はどんな人物だったのか

王翦の素顔が謎めいているのは、あくまでも漫画『キングダム』の独自設定によるものです。

「仮面」は完全なフィクション設定

史記をはじめとする中国の歴史書には、王翦が仮面をつけていたという記述はどこにもありません。紀元前236年の鄴攻めで歴史の表舞台に登場した実在の将軍ではありますが、外見に関する特別な描写は残されていないのです。仮面設定は、謎めいたキャラクター性を演出し、読者に強いインパクトを与えるための創作上の工夫と考えるのが自然でしょう。

史実の王翦が見せた「老獪な心理戦」

ただ、史実の王翦もなかなか一筋縄ではいかない人物として記録されています。

楚攻めを命じられた際、王翦は出陣前から執拗に土地や財産の下賜を始皇帝に求め続けました。周囲が呆れるほどの要求でしたが、これは計算ずくの行動。「これほど私利私欲にまみれた人物が謀反を起こすはずがない」と思わせ、始皇帝の疑心を取り除くための高度な心理戦。まさに仮面を使う作中の王翦と、本質的には同じ「感情を操る知略家」の姿が浮かび上がります。

また楚攻めでは、兵士に娯楽を与えて約一年間ほぼ動かず、相手が油断した瞬間に一気に攻勢をかけて勝利を収めました。「勝てると確信するまで動かない」という徹底ぶりは、『キングダム』の王翦像と見事に重なっています。

史実の父子関係はむしろ良好

作中では冷淡な関係として描かれている王翦と王賁ですが、史実の二人はむしろ良好な親子関係だったと伝えられています。

紀元前226年の燕攻めでは、父子が共同で作戦を展開。王翦の引退後は王賁が家督を継いで活躍を続け、その記録からは信頼に満ちた父子の絆がうかがえます。漫画の冷淡な関係性は、まさに原作者・原泰久先生が史書の「空白」を埋めた創作であり、だからこそドラマとして深みが生まれているのでしょう。

最後に

王翦の素顔が公開される瞬間は、作品最大の見せ場の一つになるはずです。

可能性として高いのは、中華統一が成し遂げられた後、あるいは王翦が一線を退く引退のシーン。史実では統一後に隠居し、息子に家督を譲っていることからも、その別れの場面で仮面が外れる展開は十分あり得ます。もしかしたら、それまで複雑に交錯してきた王賁との関係が、ひとつの形に落ち着く瞬間でもあるかもしれません。

王翦の素顔が明かされる時、それはきっと「見た目」だけの問題ではないはずです。仮面の裏に隠されていた感情、王賁への思い、秦国への想い。すべてが一気に溢れ出す、作品屈指の感動シーンになるのではないでしょうか。そんな日が来ることを楽しみに、これからも王翦の一挙手一投足から目が離せませんね。

チェンジくん
ナビゲーター
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